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第5話 キャンセルされた結婚式の行方

last update Last Updated: 2025-12-10 23:12:59

 法廷の扉が開き、黒法服がばさりと鳴った。

「令和15年(ワ)第145号、結婚式キャンセル料減額請求事件。

同じく第162号、準備費用返還請求事件。――併合して審理するよ!」

 軽すぎる声に、当事者も代理人も一斉に目を丸くする。

 花霞地方裁判所桜都支部・判事、司 法子。

 いつも通りの登場だった。

「判事っ、“するよ”ではなく“いたします”です!」

 書記官・東條菊乃の鋭い声が飛ぶ。

 当事者、美咲と拓也は互いに視線を逸らし、弁護士たちも手を止めた。

 ――場はすでに修羅場の予感に包まれていた。

 一週間前。

 第2号法廷。事件A――結婚式キャンセル料減額請求事件。

 原告:藤堂美咲(26歳・OL/元新婦)

 原告代理人:弁護士・佐伯亨

 被告:株式会社ブライダル桜都(式場運営会社)

 被告代理人:弁護士・西田真

「キャンセル料3,000,000円なんて不当です!」

 美咲の代理人・佐伯が声を張る。

 式場代理人・西田は冷ややかに反論した。

「規約に基づく当然の請求です。挙式一か月前のキャンセルは総額の八割。契約書に明記されています」

「料理も引出物も未発注です! 実損を超える請求は認められません!」

 法子は椅子を斜めに傾け、机をトントンと叩く。

「……食べる前からプリンのカラメルまで取られる気分だよね。食べてない分まで請求するなんて」

「判事! 例え話は不要ですわ!」

 菊乃の声が響く。

 結論は出ず、第1回期日は終了した。

 同日午後。事件B――準備費用返還請求事件。

 原告:相馬拓也(28歳・会社員/元新郎)

 原告代理人:弁護士・川崎悠介

 被告:藤堂美咲(26歳・OL/元新婦)

 被告代理人:弁護士・佐伯亨(事件Aと兼任)

 拓也が机を叩き、声をあげた。

「俺が払った招待状代や衣装代! 本来は二人で準備すべきだ! せめて半分は返せ!」

 感情が先に立ち、川崎が制止する間もなく言葉が飛び出す。

「式場代はすべて私が支払いました! 準備費用まで負担する義務はありません!」

 美咲が険しい表情で反論。

 佐伯は冷静に資料を繰り、言葉を選んでいた。

「じゃあ返還金があるなら、そこから返せ!」

「それは私が払ったものです!」

「返せ!」

「いやです!」

 ――堂々巡り。

 代理人たちが慌てて制止するが、空気はますます荒れていく。

 法子は頬杖をつき、机をリズムよく叩いた。

「要するに――式場と美咲の“キャンセル料減額”と、拓也と美咲の“準備費用清算”。本来は別なのに、ごっちゃになってるんだよね」

 一同が黙り込む。

 法子は立ち上がり、黒法服を翻した。

「わかった、次回期日までに整理しておくよ。今日はここまで!」

 ばさり、と退廷。

「判事ぃっ! 軽すぎますわーーっ!」

 菊乃の声が裏返った。

 夕刻の執務室。

 机には事件AとBの記録が積まれている。

 法子は椅子に深く腰を下ろし、両手を打ち合わせた。

「もうまとめてやっちゃおう。併合審理だね」

「判事っ! 事件Aは美咲と式場、事件Bは拓也と美咲。性質も当事者も違います! 同じ場で扱うなど前代未聞ですわ!」

 菊乃が机を叩く。

 法子は模造紙を広げ、黒マーカーで三つの名前を書いた。

 《式場》 《美咲》 《拓也》

「まず式場から返ってくるのが――返還金カステラ!」

 カステラを《式場》から《美咲》へすべらせる。

「契約者は美咲ちゃんだから、ここに来る」

 続けてクッキーを二枚、《美咲》《拓也》の上に置く。

「準備費用は半分ずつのはず。でも払ったのは拓也くんだけ」

 赤ペンで《拓也》を丸で囲み、美咲のクッキーを拓也へ移した。

 《式場 → 美咲 → 拓也》

「併合審理にすれば、この流れを一度で片付けられる。合理的でしょ?」

 菊乃は呆れながらも、真剣な表情で模造紙を見つめた。

「確かに……筋は明快ですわね」

 法子は満足げに笑い、残ったクッキーを口にした。

 法廷に三者が揃った。

 代理人たちが資料を抱え、傍聴席もざわつく。

「令和15年(ワ)第145号、結婚式キャンセル料減額請求事件。

同じく第162号、準備費用返還請求事件。――併合して審理するよ!」

 法子の宣言に、菊乃が眉間に皺を寄せ立ち上がる。

「判事っ、“するよ”ではなく“いたします”です!」

 口頭弁論が始まるやいなや、美咲が声を張った。

「キャンセル料3,000,000円は不当です! 料理も引出物も未発注。実損を超える請求は認められません!」

 式場代理人・西田は契約条項と既発生費用を列挙し、淡々と反論を続けた。

 拓也が机を叩く。

「俺が払った招待状代や衣装代! 本来は二人で準備する費用だ! 美咲、お前も半分負担すべきだ!」

「式場代はすべて私が支払いました! 準備費用まで負担する義務はありません!」

 美咲も即座に反論。

 川崎は発言の機をうかがい、佐伯は静かに頷いていた。

「じゃあ返還金があるなら、そこから返せ!」

「それは私が払ったものです!」

「返せ!」

「いやです!」

 ――またも堂々巡り。

 代理人たちが「ご静粛に!」と声をそろえるが、二人は止まらない。

「はいはい、ストップストップ〜!」

 法子が両手を広げ、大きく交差させて発言をさえぎると、模造紙を取り出し、執務室で説明したのと同じ手順を繰り返した。

 ざわめく傍聴席。

 代理人も目を丸くする。

 《式場 → 美咲 → 拓也》

「ね? 返還金を一度美咲に帰属させ、その中から拓也へ支払わせれば一発で済む。併合審理にした意味もスッキリ!」

「判事っ! 模造紙と菓子を証拠説明に使うなど……前代未聞ですわ!」

 菊乃が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 法子は涼しい顔でウインクを送った。

 ざわつく当事者たちを見回し、法子は模造紙を片づけて姿勢を正した。

「それでは判決を言い渡します」

[主文]

一 株式会社ブライダル桜都は、藤堂美咲に金120万円を返還せよ。

二 藤堂美咲は、相馬拓也に金40万円を支払え。

三 訴訟費用は各自の負担とする。

[判決理由]

本件キャンセル料300万円のうち、料理・引出物は未発注である。

その費用まで含めるのは社会通念上過大であり、消費者契約法十条に反する。減額を相当とする。

また準備費用については、契約者が美咲である以上、返還金は形式的に美咲に帰属する。

もっとも、拓也が全額を負担しており、その半分は美咲の負担分である。

返還金を独占させれば不当利得となるため、その分を拓也に支払わせるのが相当である。

両事件を併合し、一体的に処理することが最も合理的である。

法子は机をトントン叩き、にやりと笑った。

「プリンが崩れてもカラメルは残る。結婚式が壊れても、残った責任とお金は消えないんだ。だからきっちり分けてもらうよ」

「判事っ! いいかげんプリンを判決理由に持ち込むのはおやめくださいませ!」

 菊乃の声が響いた。

 その後、法廷は静まり返り、当事者たちはただうなずくしかなかった。

 夕暮れの執務室。

 判決を終えたばかりの重い空気が残る。

「判事! 本日の進行は法廷の秩序を乱していました! 模造紙にお菓子を並べるなど司法への冒涜ですわ!」

 菊乃は机に両手を突き、怒りをあらわにする。

 法子は肩をすくめ、カステラを口に運んだ。

「ま、いいじゃん。“カステラ判決”って呼ばれるかも。お菓子の名前がつく判決なんて、面白いでしょ?」

「か、カステラ判決ですってぇ!? 司法の威信に泥を塗る気ですの!?」

 菊乃が顔を真っ赤にして絶叫する。

 その声を背に、桐生所長が扉を開け、疲れ切った顔で二人を見やった。

「……またやったのか、君たち」

 深いため息とともに、小瓶を取り出し胃薬を飲み干す。

「頼むから、もう少し普通にやってくれ……」

 法子は笑みを浮かべ、クッキーを菊乃に差し出した。

「おキクさんには、甘いもんが足りないんじゃないかな?」

「判事ぃぃぃーーーっ!」

 菊乃の悲鳴が夕暮れの執務室に響き渡った。

(つづく)

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